「日本の下層社会」横山源之助(岩波文庫)

日本の下層社会 (岩波文庫 青 109-1)

日本の下層社会 (岩波文庫 青 109-1)

概要

ジャーナリスト横山源之助による明治期日本の下層社会ルポルタージュ。東京の貧困層の生活描写から始まり、職人社会、特に女工を中心とした手工業、機械工業の労働環境、そして小作人の生活事情など産業革命期の日本を底辺で支えた細民の生活が事細かに描かれている。特にデータに関しては各地各業界の生産額、工場数、労働者数、そして労働者、都市下層社会住民の収入・生活費に至るまで詳しいデータが掲載されている。

覚書

くずひろい:都市貧困層の就く職業のひとつ。再利用できる街のゴミを拾って生計を立てる人々がいたらしい。朝方三時から四時、空の白む前に起きだし往来のゴミを拾って歩く、かなりきつい仕事だったようだ。
pp43-45

ゴミ拾いが職業として成立していたことがまず凄いが、どうも公共セクターによるゴミ回収が行われるようになる前は都市下層民の職業として世界的にポピュラーなものだったようだ。

芸人社会事情などにも少し触れられている。
PP45-47

余剰の富がそれほど多いわけではない社会にも娯楽産業というものは存在するわけで、本書では大道講釈などが細民に知識を与える存在として評価されている。

(女工の平均契約年限を紹介した後で)しかして局外より見れば、何らの苦辛もなく段階もなく直に一人前の工女となりうるがごとく思惟する者あるべしといえども、彼らの学問(もし学問というを得ば)にも糸繰・機経・管捲・機織・引込と幾段の等級あり、女学校にて一年期二年期と学科の区別あるがごとくこれを見るはあるいは適切ならざるべしといえども、かのお嬢様たちが愛とやら人情とやらを仕組んだ小説を喜び、男の噂に嗜味を集め朋輩の欠点に詮索を凝らして、さて試験際になりて少しく学課に頭脳を痛むるほか平生は訳もたわいもなく遊びて、それで立派な身の上になり得る御連中に比せば、大いに困難なるものあるがごとし。
p117

おっさんの苦言だ!w

鉄や、ここに十円の価値ある鉄塊ありとせんか、これを蹄鉄に製せば二十四円となり、包丁とせば二百六十五円、針とせば七百円余、小刀に製せば六千三百円となる。しかして更にこれを以て懐中時計の発条線とせば、五万円の巨額となる。
p247

小作人の一カ年に得るところ、これを五段歩耕作する中等小作人に択ぶも、小作料・肥料・種籾代を除きて、たとい労力費を計算外に置くも五十円に出づること頗る難きは上来既に説くところのごとし。大工・左官のごときは日に四十銭ないし四十五銭を得、労力者の低級なる日稼ぎ人足といえども三十銭ないし三十五銭を得べし。仮に一カ年六十五日休業し、実際労働するところ三百日なりとするも、職人一カ年の所得百二十円ないし百三十五円、日稼ぎ人足は九十円ないし百円なるなり。
p308

これはひどい。当時の都市部の日雇い労働者でさえ田舎の小作人の倍は稼いでるという話。

雑感

著者による広範なフィールドワークと当時の社会統計による記述が多く事実をして語らしめるスタンスは好感が持てる。
とはいえ全体を貫く視線は日本の伝統左派によくある妙なモラリズム*1によっていて、そのせいで見えなくなっているものも多いだろう。この間読んだ柳田国男もそうだが、特に猥談関係の話が切り捨てられていて*2当時の風俗の描かれ方が不完全になっているように思う。まあ当時の道徳観念から言えば仕方の無いところではあるか。朝日岩波的なある種の左派のプロトタイプかも知れない。
ところどころに大工や左官による請負仕事の話が出てくるが民法制定当時の法事情をかいま見ることができて興味深い。

*1:あとは懐古趣味とか

*2:織物工場で女工が謡う歌とかね。