「げんしけん 第八巻」木尾士目
- 作者: 木尾士目
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2006/08/23
- メディア: コミック
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最高。これ最高。すばらしい。エクセレント。ハラショー。木尾士目は大げさでなく百年残る傑作を描いてしまったと思う。凄い。何が凄いかってここまできっちり理想的な形でオタクの恋愛を描ききってしまったことがすげえ。「理想的」って聞いて「(´,_ゝ｀)ﾌﾟ妄想ですか？」とか煽ってはいけませんよ。特に人間を描くマンガ・小説等の表現形式においては、ある程度抽象化、理想化された人間関係を描写することが重要なのです。だってそれは「つくりもの」なんですから。ここで言う「つくりもの」とはすなわち「理想型」のことですよ。人間の感情や思想、人格をトータルに扱う表現形式において描かれるべき「理想型」のことです。これはどういうことかといえば、要するに「モデル」のことを僕は喋っているのです。
ちょっと詳しく説明します。まず世の中には本当に多種多様な人間類型がありますよね。例えば、おとなしい人、強気な人、優しい人、厳しい人、善人、悪人と言ったように、類型化されうる様々な性質の組み合わせとして人間というものは存在している。で、そういう人間同士がかち合ったときに、その当事者の人間類型に応じて多種多様な人間関係が生まれるんだけど、そこにどういう人間類型、人間関係があるかというのを表現者は仮説として立てて自らの表現形式の中で動かしてみるんですね。*1それが創作と呼ばれる人間の活動です。まあ世の中色々な表現がありますし、前衛芸術とか含めるとめんどくさいんですけど、基本的に小説やマンガなどの表現形式においては「理想型」としての「人間」というものが描かれることになります。それこそギリシャ悲劇から、スタンダール、バルザックに始まる近代小説に至るまで、様々な体裁を取りつつ人格、行動、思想、感情などを統合した総体としての人間が描かれてきたわけです。
で、こういうのって要するに理論であり、モデルであるわけですよ。そうして、それを描くことに成功したもの、理論やモデルとしての妥当性を示したものが傑作と呼ばれるのです。*2もちろん現実の世界というのは大変に複雑なので一つの「モデル」がそれ単体として理想的に機能することなどあまりないわけなんです。だから現実そのものをそのまんま描いてしまうと大体は些末な一回限りの出来事の描写にしかならないのですよ。ところがですね、これを「理想型」として純化させた形で描くと驚くべし、そこには「普遍性」と呼ばれるものが生まれるんです。現実を一回限りの出来事としているノイズを取り除き、抽象化し、理想的な形にすること。これこそあえて「つくりもの」をこしらえるべき理由です。
では木尾士目はこの「げんしけん」という作品で何を描いたのか。それは、この現代日本という特定の時、特定の場所においてまさに描かれるべきであったものです。それは、オタクというこの時代、この場所に生まれた特定の人間類型が欲したものです。それは、道徳や宗教のような肉体と大地を軽蔑する者たちによって精緻にくみ上げられた、見事なまでに美しく哀しい発明品ではなく、この世界をこれほどまでに残酷で、これほどまでに豊かにしている原因となったある秩序そのもののことなのです。この漫画を魅力的であると感じた人ならばきっと理解できるはず。
そう。それは「愛」です。
それもキリストの説いたような万人への愛ではありません。特定のある個人へと向けられた排他的で利己的で独善的な「愛」です。絶え間ない淘汰の歴史の果てに生み出された、冷厳なリソース交換を前提とした「依怙贔屓」たる「愛」。正義を嘲笑し、道徳を嘲笑し、宗教を嘲笑し、ひたすらに自らの存在とそれに連なる者のみを守り、庇護し、肯定する「愛」。それこそ虐げられた者たちが最も渇望するものであり、同時にこの世界自体を激しく憎悪する原因ともなるものです。
最初の話に戻りましょう。木尾士目は凄い作品を描いてしまった。何を描いたのか。オタクと言う言葉で表現されるある種の人間類型がこの世界*3において存在しうるに足るものと認められた瞬間、「愛」によって肯定される瞬間を妥当性あるかたちで描いてしまった。だからこそ「げんしけん」という漫画は凄い作品であると言えるのです。
ところで僕はこの巻が最終巻だと思って買ったのだが、どうやらあと一巻出るらしい。同人誌付き特装版予約受付中だそうです。正直どうでもいい。しかしこれオビにでっかく「オタクだから、恋をした。」とか書かれててちょっと焦りましたよ。レジに持っていきづらかったです。えぇえぇ。
