アカデミズムの経済構造と「知の解放」

なんだか最近見かける意見として、ネット上で燃え上がってる議論ってオフラインでの蓄積を全然参照してなくて、それって床屋政談じゃん?みたいな話*1 *2 が出ていて、まあそれはそれでその通りであるなあと思ったのだけど、一方では不正確だが分かりやすい議論が一般に支持を得てしまうことに文句言いたいなら一般に届くような話をしろよっていう意見*3もあってそれもそうかなという気もする。
でも個人的にはアカデミズムっていうのは厳密な議論とその成果を粛々と蓄積していくものであって、その蓄積を前提にしてもっと応用的な議論を展開するっていうのは、ある固有のアカデミズムの領域がなすべき責務からは外れるのではないかなと思った。ここらへんをきっちり区別するのも重要だと思う。なんで重要なのかっていうとこの二つの要請って往々にして矛盾するからなのだ。厳密性を重視しようと思ったらテクニカルタームなんかを多用したりして自分が何を言っていて、何を言っていないのかというのをきっちり確定させなきゃならない。そうして得られる厳密さが学問というものの強みだからそれは保持したい。
でもそうやって厳密な物言いをすればするほど専門外の人には届かなくなる。しかも細々した努力がなんでなされるのかって専門外の人*4には分かりづらいので「象牙の塔」とか罵られたりする。学問は学問で独立してるから、と言って切り捨てるのもありといえばあり。でもこういう厳密性と人口への膾炙ってなんとか両立できないだろうか。
具体的な話として出てきたのがネット上に学問の成果をうpしてしまえっていう話だ。なんだか「知の解放」みたいですごく聞いてて興奮するんだけど、結局のところアカデミズムと言ったってリアルな経済構造の基盤の上に成り立っているものであって、そういう学問の成果という果実を無償提供してしまうようなことをすると喰えなくなる人が出てきてしまうような気がする。出版社とかさ。モロそうじゃないかな。そうするとアカデミズムの拠って立つ構造みたいなものがぶっ壊れてしまうような気がする。
「気がする」だけじゃあれなんで少し考える。ある学問領域が成立するにはどういう経済主体が必要かなと考えると生産面では研究する人とそれを手伝う人だよね。これらの人と大分かぶるだろうし消費面はとりあえずおく。生産面の前者は簡単。ある学問領域で研究というものをする主体として研究者がいてこういう人たちは何して喰っているかというと、まあ普通は何らかの研究機関に所属してそこから給料貰ってる。あとは副次的収入として印税とか学問の成果を市場に供給して、欲しいっていう人からお金貰うことかな。とりあえずこれぐらい押さえてればよしとする。
次に研究を手伝う人だけどまあこれは色々いて研究活動に直接間接に関連する人はみんなこの部類に入ると言えないことも無いだろうけど、その中でも重要な主体として挙げられるのが出版社でしょ。これはまだまだ研究と言うものがペーパーメディア上で行われることが主要因だろうと思う。*5そうとすれば、ネット上への学問の成果のうpっていうのは、こういうアカデミズムのなりたつ土台において重要な役割を果たしているエージェントの利益構造をぶっ壊してしまって、それなりにネガティブな影響をアカデミズム自体にも与えないだろうかというのが今のところの懸念。具体的にいうと印税入りません!だけじゃなくて、発表の場自体が制約されてしまうとかさ。
実際「知の解放」みたいな高い志を持った試みでMITのオープンコースウェア*6とかいうやつもあるんだけどあんまりうまくいってないみたい。*7ちなみに日本版OCW*8ってのもあるんだけどこれがまあ実に貧相な代物でしてな…。
じゃあどうすりゃ良いのと言えばよくわかんないのだけども、無償提供がダメなら有償提供で、つまりネット上でお金のながれる仕組みみたいなものをなんとか作れないだろうかっていう話がまず出てくるでしょう。お金をどっかから沸き出させにゃならんということなら著作権管理技術とかが重要になるのかな?なんか嫌な感じ。とはいえ解放系の戦略を取ると現状の著作権法制および研究者の意識に相当の改革が必要な予感。大変ですね。*9

この文章の要約:

  • ネット上の議論のレベルを向上させるには学問の成果をネットに還元させることが必要。
  • しかし学問の成果をネット上に無償提供することは学問自体の拠って立つ基盤を破壊し、ひいては研究活動自体を縮小させてしまうかもしれない。
  • これを回避するにはネット上でお金の流れる仕組みが必要。
  • 具体的にどうすれば良いのかはよくわからない。

*1:http://d.hatena.ne.jp/opemu/20060319/1142743315

*2:http://d.hatena.ne.jp/syukuse/20060318#p1

*3:http://d.hatena.ne.jp/Mr_Rancelot/20060322/p1

*4:というより専門領域というものがあるってことを経験で知っているわけではない大多数の層。

*5:この文章で想定しているアカデミズムは社会科学とかなのだけど理系の場合ってどうなのかしら。僕は理系の研究については全然分からないのだけど、ウェブ上にわりと大規模な論文データベースが存在しているところなんかを見ると、もう研究発表のベースはウェブ上におかれたりしてるのかな?さすがにそこまではなくてオフラインと並行してオンラインのリソースが充実してるってだけ?時間があれば調べたい。

*6:http://ocw.mit.edu/index.html

*7:このあいだ読んだ例の梅田さんのウェブ進化論にそのへんの事情が書いてあった。この本についても後でまとめたいけど、あんまり時間無くて読書メモが作れん…。

*8:http://www.jocw.jp/

*9:そこでクリエイティブ・コモンズですよ!とか一瞬思うのだけど、あれじゃ儲からないよね。いや「個人的な」儲けは度外視でとにかく文化を発展させようって趣旨だからいいんだろうけどさ。いくら創作者って言ったってご飯食べなきゃ死んじゃうだろうよ、と。そのご飯代はどこからでてくるんですか?みたいな話。裕福で生活に困らない高等遊民だけが学問文芸の発達の基軸となるべし?そんな殺生な。