hなhとA子の呪い 中野でいち

 

hなhとA子の呪い(1)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)

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 たまたまネットで見かけた書評で気になったので買ってみた一冊。

 

honz.jp

 

 あんまり付け加えることもないんだけど、こういう性にまつわる苦悩を描いた作品としては珠玉の出来栄え。ネットでたまに見かけるようなある種の性欲忌避志向の御仁には突き刺さるかもしれない。それこそ十代の頃のようなごく若い時分の男ならば性欲と折り合いのつけ方というのは一大事なのであるが、年齢とともに多くはパートナーを見つけることで性欲とのそれなりの付き合い方というのは多かれ少なかれ誰しも身につけていくものではないかと思う。逆にいえばそれがなかなか出来なかった人というのが性の非対称性がどうのとか述べたてて性欲の否定をロジカルに突き詰めるという無駄な努力に人生の貴重な時間を浪費する羽目になるわけで、これをいわゆる"こじらせる"と巷で言うわけですが、あなたのその苦悩は言葉で消し去れるような性質のものではありませんよ、とはいうものの、そう誰かが声をかけたら納得するという話でもなかったりする。端的に言うとこれって性淘汰の過程なのよね。生存の苦悩というのは人生のあらゆる場面に顔を出します。

 

 ちなみになぜ性欲があるのかとか性欲の原罪とかいう話は経験的な基礎を突き詰めると非常に面白いので、ご興味の向きはピンカー「人間の本性を考える」とか、ソーンヒル、パーマー「人はなぜレイプするのか」とかを是非ご一読を。

 

  特に「人間の本性を考える」の以下の一節は感動的。前もどこかで引用したかもしれないけど。

 

 ドナルド・サイモンズは、遺伝的な葛藤があるのは、そもそも私たちがほかの人びとに対する感情をもっているという事実のせいだと論じている。意識は、予測のつかない稀な必要物をどのようにして獲得するかを考えだすために必要な神経計算のあらわれである。私たちが空腹を感じ、食べることを楽しみ、たくさんのすばらしい味を感じる味覚をもっているのは、進化の歴史の大部分の期間、食べ物を獲得するのが大変だったからである。私たちは通常、酸素に対しては、生存に不可欠であるにもかかわらず、熱望や喜びや魅力を感じないが、それは得るのがむずかしくなかったからだ。酸素ならただ呼吸をするだけですむ。

 

 肉親や配偶者や友人をめぐる対立にも同じことが言えるのではないだろうか。夫婦は、もしたがいに忠実であることが確実で、自分の肉親よりもたがいを大事にし、同時に死ぬのであれば、二人の遺伝子上の利害はまったく同じで、二人のあいだにできた子どもにあるという話を先にした。あらゆる夫婦が一組ずつそれぞれ島に置き去りにされてそこで一生をすごし、子どもは成熟すると離れていって帰ってこないという種があったとする。この場合、遺伝子上の利害は同一であるから、このうえなく幸せなセクシュアルでロマンティックで友愛的な愛情が進化によってあたえられると思うかもしれない。

 

 しかしそんなことにはならないだろう、とサイモンズは論じる。この夫婦のあいだに進化する関係は、個体の細胞どうしの関係と似たものになるだろう。個体の細胞どうしも遺伝子上の利害は同一である。心臓の細胞と肺の細胞は完璧な調和を保っていくために恋に落ちる必要はない。同様に、その生物種の夫婦も、繁殖のためだけにセックスをするだろうし(なぜエネルギーを浪費する必要があるのだろうか?)そのセックスはホルモンの分泌や配偶子[卵子精子]の形成といった、ほかの生殖生理以上の喜びはもたらさないだろう。

 

 ”そこには恋というものはないだろう。ほかに選べる配偶者がいないのだから、恋をするのは大きな浪費になるからだ。あなたは配偶相手を文字どおり自分自身のように愛するだろうが、そこがポイントである。あなたは、比喩的表現は別として、あなた自身を愛しているのではない。あなたはあなた自身なのだ。二人のあなたは、進化に関するかぎり一体であるから、二人の関係は心をもたない生理によって支配されるだろう。…配偶者がけがをするのを見ると痛みを感じるかもしれないが、私たちが配偶者に対して感じる感情、うまくいけば二人の関係をすばらしいものにする(そして悪くいけばひどい関係にする)いっさいの感情は、けっして進化しないだろう。たとえその種が、そのような生活様式を取りはじめた時点で、そうした感情をもっていたとしても、洞窟に住む魚の目が淘汰されるように淘汰されるにちがいない。コストばかりかかって益がないからである。”

 

 家族や友人に対する感情にもおなじことが言える。心にいだく感情の豊かさや強さは、人生におけるそれらの結びつきが貴重でこわれやすいという証拠である。つまり、苦しみの可能性がなければ、私たちは調和的な至福を手にするどころか、それをまったく意識しなくなってしまうのである。

 

スティーブン・ピンカー「人間の本性を考える 中巻」P245

 

 

人間の本性を考える  ~心は「空白の石版」か (上) (NHKブックス)

人間の本性を考える ~心は「空白の石版」か (上) (NHKブックス)

 
人間の本性を考える ~心は「空白の石版」か (下) (NHKブックス)

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人間の本性を考える  ~心は「空白の石版」か (中) (NHKブックス)

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人はなぜレイプするのか―進化生物学が解き明かす

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