「ダメな議論」飯田泰之(ちくま新書)

ダメな議論―論理思考で見抜く (ちくま新書)

ダメな議論―論理思考で見抜く (ちくま新書)

概要

社会問題や経済問題に関して巷説に溢れる、一見正しそうではあるが実は内容が無かったり、根拠が曖昧だったりする議論。本書はそんな「ダメな議論」に引っかからないために、まともな検討に値する議論として最低限クリアすべきチェックリストを提供する。すなわち

  • 単純なデータ観察で否定されないか
  • 定義の誤解・失敗はないか
  • 無内容または反証不可能な言説
  • 比喩と例話に支えられた主張
  • 難解な理論の不安定な結論

の五つである。

単純なデータ観察で否定されないか

事実や知識に関連する誤り。当然と言えば当然であるが、事実この点をクリアできていないにも関わらず「常識」として広まっている議論は存在する。本書で例として上げられるのは近年の「治安悪化」に関する主張である。

定義の誤解・失敗はないか

テクニカルターム等、明確な定義がある用語を特に理由無く違った意味で使っている議論。例としては経常収支の決定要因に関する誤解が上げられる。

無内容または反証不可能な言説

「生きる力」などの抽象的で印象に頼るキーワードを議論の軸に据えているもの。一見正しそうなことを言っているように見えて、その実何も言っていないのと同じ議論であることが多い。また、このような曖昧な用語を用いて政策目標を設定しても成功や失敗の判断基準が無く、無意味なものになりやすい。

比喩と例話に支えられた主張

諺や、少数の事例を根拠として行われる議論。高度成長期の日本の産業政策肯定論などが例として上げられる。

難解な理論の不安定な結論

最新の理論を不用意に用いた議論。一般に新しく難解な理論は特殊な状況、仮定の下でしか成り立たないものが多く、そのような理論を特に根拠無く多用する議論を警戒すべきことが述べられている。
本書の後半では実際に世間に流布しているダメな議論を以上のチェックリストにかけてその正当性を判断する試みも行う。また、なぜ人はダメな議論にひっかかるかについての考察も随所で展開している。

覚書

コールドリーディング:近年注目を集める説得術の一種。占い師などが多用する、初対面の人物の悩みや性格を言い当て、予言を的中させることで相談者の信頼を獲得する技法。実際には正確な性格診断や予言を行うわけではなく、相談者に「悩みや性格を言い当て」、「予言が的中」したと思わせるためのコミュニケーション・スキルの活用が中心となる。

雑感

全般にごくまっとうというか、分かっている人は分かっているダメな議論の判別法。はてな界隈でこういうネタを追っかけている人には自明なことが多いかもしれない。とはいえ、このチェックリストにあるような判断基準を持っていれば、メディアに溢れているような典型的なダメ議論はおおむね対応できると思う。特に新聞社説によくある、無内容で情緒的なダメ議論は簡単に切って捨てられるようになるだろう。
個人的には人がなぜダメ議論にハマるのかの考察に関連して、コールドリーディングの話がおもしろかった。これって個人の社会的適応に際しても実に有効な技法ではないだろうか。*1その意味で世の中に溢れるダメな主張の多くは政策議論的に有用というよりはその論者の社会的成功、つまり適応に有用なものなのだ。何かの問題について議論をしていると見せかけて、「納得した」という心地よい情動を利用する影響力の行使というわけ。*2
ある議論を見聞きして「心地よいものだ」と感じた場合にはまずその議論が支持を集めることで誰が得をするのか考えてみるといろいろ見えてくるかもしれない。その折に触れて活用するべきなのが本書のチェックリストなのだ。

*1:ちなみにこれは前回取り上げた「あなたの話はなぜ「通じない」のか」で、初対面の人との信頼関係構築の要素として「理解力」が挙げられていたことに繋がると思う。「あなたはこういう人間である」という指摘は成功すれば深い信頼をもたらすのだ。

*2:これは論者が意識していることもあれば、そうでないこともある。