川辺

bhikkhu2005-10-05

河川敷を歩きながらずっとこの先のことを考えていた。
ちょうどそのとき僕はちょっとした予定を控えていて、その準備をいろいろしていた。正直な話、漠然とした不安がないではなかった。でも、夏にしては涼しい風の吹く川辺を歩いていると、いつの間にかずいぶんと落ち着いた気分になっていた。
その日はあいにく天気が悪かった。けれども薄い雲に覆われて変に明るい空を見上げて歩きながら、僕は少しずつ高揚していくのを感じていた。この空と地上の間のそれなりに大きな空間に、生まれおちて生きるということがなんだか分かるような気がした。
それは多分小さなことなんだと思う。例えるならばそれは箱の中。淘汰圧によってデザインされた僕らの身体は生きるために機能している。いや、「為に」というのは正確に言うと違う。ただ、そうあるものが生き残ったからそうなっているだけだ。そうやって、ただ生きていくように精密にデザインされた一つの秩序。*1それが人間なのだろう。限定された環境で、限定された目的にそって、描かれた秩序。それが「小さい」ということだ。箱の外にはもっと大きな真理が広がっているのだろうけど、多分それは生きるということには関係のないことなのだろう。
それでもいい。少なくとも、僕は死ぬ日にはこんな気分でいたい。

*1:デザインされたって言うとIDみたいだな。