2004年度ベスト

今年の収穫をまとめておこうか、と。若干今年のじゃないのも入っておりますが。

人間の本性を考える ~心は「空白の石版」か (上) (NHKブックス) 人間の本性を考える  ~心は「空白の石版」か (中) (NHKブックス) 人間の本性を考える ~心は「空白の石版」か (下) (NHKブックス)


何はともあれ2004年ベストかと。心が自然淘汰によってデザインされた脳みその産物だなんて恐ろしいわ。まあ、冷静に考えるとそうかもしれないわな。この時代、もはや「魂」だとか、「自由意志」なんて幽霊の類いは存在できないのね。ちょっと悲しいけど。
そういえば自由意志なんてものが無いとすると刑法的な責任概念ってどうなるんでしょ。人が人を責められるべきということのできる重要な論拠を我々は失ったのかもしれませんぜ。
更に人間の可塑性の話。「路傍の凡人でも禹王になれる」なーんてこたあやっぱり無いのですね。イチローになれるかどうかは生まれで大体決まる。これは皆さんご存知ですよね。アインシュタインになれるかどうかも生まれで大体決まる。これも皆さんご存知。でも、どういう人格、ものの考え方になるか、まで生まれで大体決まる、となるとどうでしょう。なかなか衝撃的なのではないですか。現在の遺伝行動学の示唆するところによるとこんなところまで遺伝によるところが大きいんだそうな。ただ、どこまでそうなのかはまだよくわからないらしい。
で、そうなってくると「やればできる」なんて言葉もむなしく聞こえてきてしまいますな。まあ、このニヒリズムに対処する方法も無いではないと思われ。たとえば、エピクロスばりに世界が秩序に従って動いているのを見て安穏とする、なんてのは割と無難。
しかし、最強はカルヴィニズム的予定説の応用。これ。
「神様は人間ごときの行いによって救済するかしないかを決めたりしない。その人間が救われるかどうかは全知全能の神様が人智の及ばぬことで決めるのである。」ってやつ。世界史でやりましたね。これは一見人間の努力を否定するかに見える。でも、ヴェーバーあたりに言わせると神様が全部決めてしまうからこそ、むしろそれに合わせて人間て努力するもんだそうな。つまり、救われるかどうかは分からない→しかし、救われる人間は救われるような行いをしているはずだ→だから、救われるような行いをしよう。というアクロバティックな思考方法でもってプロテスタントは資本主義の礎となったのだー。本当かどうかは知らない。
で、この神様を遺伝子に置き換えようってわけ。そうすると、自分が理想とする人間になれるどうかは分からない→しかし、理想とする人間になれるのなら、それに応じた行動をしているはず→だから、理想とする人間ふさわしい行動をしよう、なりますね。なるのか。ただ、このなれるかどうかは分からないってのが難点でして、これがこの先ヒトゲノムの研究が進むにつれてわかるようになってしまうかもしれない、と。そしたら、どうしましょう、政治的に個人の遺伝情報解析を制限する、とか?遺伝的疾患による就職差別とかに関連して既にそういう動きはあるようですな。

法哲学概論 法律学全集 (1)

法哲学概論 法律学全集 (1)


やたら古い本ですが、神保町歩き回っても見つからなかったところ、日本の古本屋でハッケソ。でも、丸沼書店にあったのね。伝統的な法哲学の議論についてまとまったもの。で、論理実証主義を経た後に哲学をやる難しさが伝わってくる一冊です、はい。ちょうど、この本を読んでいた頃学問の定義についていろいろ考えていたので示唆を受けるところが多かった。「正義論」が出てからまだ時間の経っていない頃の本なのでロールズ含め現代英米政治哲学についてはあまり触れられていない。本書においてあらわれているような混迷した思想状況下でロールズの「正義論」がどのようなインパクトをもたらしたかは分かるような気がする。

シュガー 8 (アッパーズKC)

シュガー 8 (アッパーズKC)


上の「人間の本性」とからんで。やっぱりブンガクは人間を描かなきゃ駄目なんであります。描くべきは人間なんであります。宇宙の真理なんぞ科学に任せとけばいいんであります。エロイ人にはそれが分からんのです。
天才ボクサー石川凛がリングの中でも外でもその天才ぶりを見せつけ、周りの一山百円の凡人どもを、ちぎっては投げ、ちぎっては投げという、これだけ書くとなんか嫌な話ですな(笑
ともあれ、ボクシングに興味の無い小生から見ても充分面白い。何よりもこれぞ新井節というべき癖が強くテンポの良いセリフまわしの魅力が遺憾なく発揮されておりますです。
天賦の才能というものを書かせたら新井英樹は最高ですな。で、満を持して連載開始されたSUGARですが、なんと連載誌が休刊。2005年からヤンマガ本誌に移籍は決まったという事で九死に一生は得たもののSUGAR名義では本巻が最後だそうな。
人間本性を描いた作品としては「血と骨梁石日(幻冬舍文庫)も素晴らしい。そういえば今年たけし主演で映画化もしてましたな。どうでもいいけどオダギリジョーって誰の役だったんだろう。見てないから分からない。