帰ってきたヒトラー ティムール・ヴェルメシュ

 

帰ってきたヒトラー 上 (河出文庫 ウ 7-1)

帰ってきたヒトラー 上 (河出文庫 ウ 7-1)

 
帰ってきたヒトラー 下 (河出文庫)

帰ってきたヒトラー 下 (河出文庫)

 

 

 これまたヒトラーもの。2011年の現代ドイツになぜか復活したヒトラーがコメディアンとして大ヒットする様を描く風刺小説。ドイツ本国では200万部を超えるベストセラーとなったという。

 

 映画「ヒトラー最後の12日間」以来、教科書的な絶対悪としてのヒトラーではなく、ある種のリアリティある存在としてのヒトラーが描かれる作品というのがぼちぼち出てくるようになったけれど、この小説もそのひとつ。本作は独白調でたどるヒトラーの思索のレプリカとでもいうか、明快なロジックと例え話で構築されたストーリーとしてのプロパガンダがなぜ人を惹きつけるのかを小説で表現するという、創作の醍醐味を味わえる作品となっている。

 

 交渉と説得のためのひとつの方法論として、人々の不満や疑問をトータルで説明する世界観を構築するというのがあると思っているのだけど、本書のヒトラーの一人称視点が語るのはまさにそれである。それは厳密な検証に耐える必要はないが、まったくの嘘ではいけない。重要なのは人々の経験と感情に沿うものであることであり、人間の本性と言ってもいい、人が持つ様々なバイアスに合致する必要がある。そして何より重要なことはそれを語る本人がそれを信仰していることである。交渉、政治、影響力を与え合う人の営みは信仰の戦いであり、各人が信仰する神々の戦いでもある。政治的正しさのような人間の思想に正解があるかのごときアプローチは、人の営みとしての政治においては時にもろさを露呈する。特にヒトラーのような相手においては。なぜなら、彼は歴史上においても稀に見る神々の闘争における勝者なのだから。本書はある種の自動機械としての人間、すなわち我々が、もう一度ヒトラーに出会った時何が起きるかを描いた、安全だが不気味なシミュレーションなのだ。

 

gaga.ne.jp

 

 なお映画化もするようです。